カナダ・アメリカ不動産売買の購入オファー

不動産売買に関わる契約書について

ここでは不動産購入時、そして売却時に交わす売買契約書について、一緒に確認していきたいと思います。お話しする前の注意点として、国や地域、州によって法律が異なり、契約書も1つ1つ内容が違います。ここで掲載する情報はあくまで参考であり、みなさまが実際にご契約なさる際には、契約書の内容について弁護士や会計士にご確認いただくことを強くお勧めいたします。

まずは、以下の図をご覧ください。

商業不動産, 海外不動産投資, 資産運用, バンクーバー, カナダ, 投資, 構造, PSA

これは、物件がマーケットに掲載されてから不動産の売買契約が締結されるまでに、売却者と購入者の間で交わされる一般的な書類になります。①〜③はオファーと呼ばれます。これらは購入者が売り出し中の物件に対して購入意欲があることを売り手に表明するために作成する書類で、作成するといっても弁護士を雇って作成してもらうのが一般的です。仲介業者も雛形を持っていますが、内容をカスタムすることを考えれば弁護士の方がベターです。購入者はこのオファーの中に希望する購入条件(価格・デューデリジェンス期間・物件の状態に関する条件・購入後の保証・クロージングなど)を盛り込みます。

これらを元に購入条件の交渉などが行われるため、ここで時間をかけてしっかりとした土台を作っておくことでその後の売買交渉がスムーズになり、結果として購入プロセス全体の時間と費用の節約にもつながります。また、ベテラン不動産所有者であれば、オファーの書き方や内容によって購入者候補を判断しますので、その点に注意するべきです。内容が簡素だと素人だと判断されたり、複数オファーの場合には真剣度が低いと言う理由から、オファー自体を真剣に受け取ってもらえない可能性もあります。

それでは、書類を1つずつ見ていきましょう。

①PSA(Purchase and Sale Agreement)

オファーの時点で実質的なPSAの意味と拘束力を持つためには、最終的に締結されるPSAの形である必要があります。よって、全ての条項や付随ページ(Schedules)がきめ細かく書き出されている必要があり、PSAは合計で60ページほどの書類になる可能性があります。

当初からこの状態で売却者に提出し、強い購入意思がある事を見せるのも効果的かもしれませんが、通常は最初に提示した内容では売却者に承諾されないのが現状です。よって、そこから弁護士同士の交渉が始まりますが、このようにオファーにPSAを用いる方法では膨大な弁護士費用が掛かってしまいます。よって、通常は②OTPのオファー形式を用いて購入表明するのが一般的です。

また、PSAを受理すると、売却者としても膨大な費用がかかる事を懸念し、そもそも受理しない場合もあります。そしてまれにPSAと書かれたオファーを提出する購入検討者もいます。その場合には、オファーのタイトルが「Purchase and Sale Agreement」だったとしても、文中で「Offer」という言葉が明記されている場合には(例えば、We hereby present you with an offer to acquire the property situated at 111 AAA Streetなど)、この書類はオファーであり厳密に言えばOTPとするべきところです。ですから、PSAというタイトルでオファーを出す場合には、冒頭に申し上げた⑥PSAと同じように売買契約書の全条項が網羅されている必要があります。PSAは、SPA(Sales and Purchase Agreement)と表記されることもあります。

②OTP(Offer To Purchase)

カナダでは、3種類のオファーの中で1番スタンダードな形態だと言えます。一般的に契約内容の概要条項のみを提示してある書類になります。それでもページ数にすると十数ページを超えることが大半です。この中の概要が承諾された後で、デューデリジェンスが始まります。

③LOI(Letter Of Intent)

3種類のオファーのなかでも、LOIは唯一法的効力を持ちません。ですので、弁護士を通さずに購入者自身で作成する場合もあります。また売却者によっては、こちらの購入希望意欲があまり高くないと判断する場合もあります。

また、売却者がLOIに同意したとしても、それはあくまで「物件を売るための交渉意思がありますよ」というだけで、具体的な購入条件に対する合意ではないので、改めてPSAで購入条件を売却者に提示しなくてはいけません。それによって、余分な費用や時間がかかる場合があります。

④CPSA(Counter Purchase and Sale Agreement)

これは、購入者が提示した①PSAの条項に対して、売却者がその内容に同意しない場合に、売却者の方から条件を提示するプロセスです。このプロセスにも弁護士が関わるのが一般的です。購入者が提出したオファーが①PSAだった場合には、売却者サイドの書類のタイトルもCPSAに変わります。内容プロセスとしては⑤COTPと変わりありません。

⑤COTP(Counter Offer To Purchase)

購入者が提出したオファーがOTPだった場合には、売却者サイドの書類もCOTPに変わります。各オファーには返答期限が設定されており、バンクーバーでは2から3日間が通常です。この日数も戦略の内で、時間稼ぎや複数のオファーがある場合のリスクヘッジ役などを担ってくれます。OTP締結時点でも契約書になりますので、法的執行力は存在し、OTPの内容不履行の場合には、損害を法廷で請求することが可能です。

しかし、物件購入に対しての売買契約書は締結されていないので、交渉中の物件に対しての損害賠償を立てる事はできません。そして、このOTPの内容がベースにPSAが作成されます。その場合にも、双方の弁護士の交渉のもと、書類が作成されていきます。

実務上の流れとしては、購入者の弁護士が、通常はその弁護士事務所の雛形を用いて、当初のPSAを書き上げる事になります。そして、それに売却人の弁護士がコメントしていく様になります。通常は、両者の合意が得られるまで条件の修正を加えながら、複数回やりとりされることもあります。

⑥PSA

もう一度確認しますが、オファーで①PSAを出した場合にはそれが売買契約書となり契約が締結されます。(ただし、売却者が内容全てを承諾した場合に限る) オファーで②OTPを出した場合には、購入交渉前のオファーという位置付けになります。そして、この⑥PSAは売却者が提示したCPSAもしくはCOTPに購入者が合意した後に、それを元に売却者サイドの弁護士によって作成される売買契約書です。

その内容に関しては、双方の弁護士同士で売買契約書の各条項を交渉することになります。そして、双方の弁護士を通して、両者が内容に合意した場合に、両者の署名をもって売買契約の締結となります。

ですから、購入プロセス最初のオファー形式がPSA、OTP、LOIのいずれかであっても、売買契約締結後に両者の手元に残るのは必ず両者の署名入り⑥PSA/OTPになります。OTPの場合には、これらの内容を元にデューデリジェンスやクロージングが行われます。

次はオファー書類の例を一緒に見てみましょう。

ページの冒頭でお伝えしたように、契約書やオファーは1つ1つ内容が違います。実際にオファーを出す、もしくは受け取る際には、弁護士とよく相談していただくことを前提として、ここでは、その中でも私たちが日頃から特に注意しているポイントを取り上げ、一緒に見ていきたいと思います。

OPTION TO PURCHASE

DATE:■■■■

BETWEEN:〇〇〇〇 (the “Purchaser”)
AND:▲▲▲▲ (the”Vendor”)

購入者を”Purchaser”、売却者を”Vendor”とするのがカナダでは一般的ですが、契約書によっては、それらが”Buyer”と”Seller”であったり、売却者と物件の所有者が同一でない場合には、所有者として”Owner”の記載が追加されることがあります。

1. TERMS

売買契約書の概要が記載されます。

2. PROPERTY

物件所在地を明記し、このオファーに含まれる対象を記載します。

3. SALE PRICE

購入代金、手付金等について記載され、その支払い先と支払い期限が明記されます。購入者によっては、売り出し価格よりも低い金額でオファーしてくる場合もあるので、ここもしっかりと確認しましょう。

また、手付金の支払いも二段階に分かれており、最初のオファーが受け入れられた時とデューデリジェンス後の全ての調査条件を外した時に、仲介業者もしくは弁護士の信託口座に払い込む事になっています。金額においては、当初の手付金は$50,000程の誠意を見せるものになりますが、2回目のデポジットは1回目を含め、購入価格の約5パーセント程になるのが通常です。

これら手付金は、全ての条件をクリアしてクロージングを待つ状況になっている期間に、万が一購入者が契約を解除した場合には売却者への損害賠償として支払われますが、この金額以外には賠償は請求できないのが通常です。

よって、購入後の物件に対する損害賠償は存在しません。損害賠償が発生するのは、後述する「REPRESENTATIONS, WARRANTIES,COVENANTS AND AGREEMENTS」のなかに記載されている条項に問題があった場合にのみ、それに対して賠償が発生します。

4. CONTINGENCY

オファーの中で他にも注意するべき点は、CONTINGENCY (SUBJECTS)の内容です。購入者候補によっては、解約しやすい条件を記載するグループもいたりしますので要注意です。また、売却者に金銭的負担を持ち掛けてくるオファーの内容もありますので、注意するべきです。基本的に全てのコストは購入者候補負担というのが不動産を購入する場合の考えです。ここでも、不動産投資家としてどれだけ業務が理解出来ているかが見えてしまいます。

一般的に明記されている項目は、次の通りです。
1)融資の設定が前提
2)デューデリジェンスの結果に購入者が満足すること
3)物件の状況(越境していないなど)が満足するものである事
4)環境調査に満足する事
などが一般的項目です。

また購入者の背後に本社(親会社)がある場合には、本社からの承諾を得ることが含まれる場合もあります。しかし、日本企業の場合には、本社からの承諾にとても時間がかかることが多く嫌われる場合が多いです。

結果として、オファー作成時にこの「CONTINGENCY」に含める内容によって購入者として自分たちを守ると同時に、自分たちの購入優先順位を失わない為にも、無理難題の条件は書き込むべきではありません。

6. PURCHASER’S DUE DILIGENCE / DOCUMENTS FOR SELLER

ここでは売却者が提供する書類などについて明記されます。通常、売却者がすでに情報を保持している場合はそれらを無償で提供しますが、彼らの中には取得コストの一部を負担請求してくる場合もあります。コストの一部と言っても、例えば環境調査で言えば、2段階あるうちの2つ目は100万円ほどかかります。

また、一般的な提供要望書類は次の通りです。
1)環境調査書(レベルIとレベルII)
2)地質調査書
3)危険物資使用調査書(Hazard Materials Report)
4)境界線調査書
5)全賃貸借契約書および過去の連絡履歴と内容
6)レントロール
7)月々の物件損益計算書
8)物件の財務諸表(過去3年間)
9)賃貸借満期予定表
10)今後の資本投入項目表(CapEx予定表)
11)物件状況検査結果
などになります。

しかし、これらは売却者が保持している場合になりますので、所持していなければリクエストに対応する必要はありません。また、バンクーバーでは60日間のデューデリジェンス期間が通常になっています。ただし、2020年以降はCOVID-19により若干延長しています。私たちが知っている中では、アメリカのスタンダードも60日です。

7. REPRESENTATIONS, WARRANTIES, COVENANTS AND AGREEMENTS

オファーの中でも重要なポイントの1つは、Representation and Warrantyという売却者から購入者に対しての購入後の補償です。これは、売却者の虚偽の声明を行った場合、そこから発生する購入者の損害などに対しての補償です。具体的な一例は、オファー内では売却者は国内企業(よって税的優遇)と言いつつも、外国企業であった、などという場合への存在賠償です。通常は補償範囲と保証期間が限定して記載されています。

その上、ここの項目は殆ど売却者としても確認が出来る条項ですので、心配案件にはなりません。よって、Reps&Warrantyは日本の瑕疵担保補償とは異なりますので、注意することが必要です。カナダ(アメリカ)の売買契約では日本の瑕疵担保は存在せず、ほとんどの契約が「As-Is」と言って、「現状での」販売が基本的な理解になります。

8. GOODS AND SERVICES TAX

税金について誰がどのように支払うのか、などが記載されています。

9. COMPLETION DATE

クロージングの予定日が記載されます。

10. CLOSING

契約締結後にデューデリジェンスを経てクロージングを行いますが、それをいつ、どこで行うかについて記載されます。参考までに、カナダでは、クロージング期間としてデューデリジェンス終了後、およそ30日程の時間的余裕を設けることが望ましいと言われています。

クロージングについては、主に双方の弁護士、そして弁護士と行政との事務手続きのための期間ですが、そこに融資銀行の弁護士も入ってくる場合があり、必然的に時間がかかってしまいます。私たちが契約手続きをお願いしている弁護士に、最低でも 14日営業日のクロージング猶予が必要だと言われたこともあります。

急ぎすぎて無理なクロージングスケジュールを組んでしまうと、かえってクロージングの延長手続きが必要となり、余計な時間と費用がかかってしまいます。オファーを受け取った時点で、クロージング終了までの流れを具体的かつ現実的にイメージすることが、結果として時間と費用の節約に繋がります。

11. RISK

クロージングまでの期間に、物件が破損した場合などの和解方法が記載されています。

12. POSSESSION

クロージング日までの物件運営責任などが記載されています。

13. DELIVERY OF CLOSING DOCUMENTS

売買契約締結日までの書類のやりとりの方法(郵送時のルール等)が記載されています。

14. DISCHARGE OF VENDOR’S ENCUMBRANCES

クロージング日までに、物件につけられている抵当権やその他責務の対応方法が記載されています。

15. ESTOPPEL CERTIFICATES

デューデリジェンス中に大切なことは双方による守秘義務です。特にテナントに対する調査内容の開示は微妙でセンシティブな案件です。なぜなら、購入者から一般的に求められる書類の中に、このEstoppel Certificateと言う、テナントからの家賃支払い内容証明書、およびその他に大家に対して(もしくはその逆)請求項目がない事を証明する書類があります。一般的なデューデリジェンスの中では、購入者がこれを求め、この情報によって現在の賃貸借契約書および共益費などが正しい事を確認します。

しかし、テナントにはこれを提出する義務はなく、あくまでも善意になります。よって、大家とテナント間の関係がよくない場合には、テナントが金銭や賃貸条件で交渉を持ちかけてくる場合もあります。もちろん、Estoppel Certificateが必須書類ではない為、存在しなくてもクロージングは可能ですが、売却者とテナントとの良好な関係を見せたり、購入者に良い印象を与える事は難しくなります。また、この様な非協力的なテナントは、デューデリジェンス業者の受け入れを拒む事もあり、デューデリジェンスを延滞させてしまう事もあります。

よって、その場合には、大家が「修理のための検査」などと言って、入室許可をテナントから得る様な一幕も存在します。ですから、Estoppel Certificateは通常デューデリジェンスの最後にテナントに提出を求めるのが戦略的にもスマートな方法です。最初の方で求めてしまうと、テナントも物件が売却される事を知り、物件管理に対しても荒くなったりして、(よって、新たな破損も以前から存在していた破損と主張する)原状回復の責任を避けようとするテナントもいます。

16. ASSIGNMENT

クロージングまでに転売する事についての許可、及びその場合の条件などが記載されています。

17. FINTRAC

カナダの新マネーロンダリングに対する対応に関連する法律なのですが、それに則った情報の開示がされている部分です。

18. COMMISSION AND AGENCY

仲介業者の開示と、誰にどの様に仲介費が支払われるかについて記載されています。

IN WITNESS WHEREOF the purchaser has executed this Offer,

PURCHASER:
〇〇〇〇

By: _____________________
(Authorized Signatory)

IN WITNESS WHEREOF the owner has executed this Offer,

OWNER:

By: _____________________
(Authorized Signatory)

これらは不動産売買時のオファーに記載される項目の一例ですが、一般的にオファーで数十ページ、これが契約締結時に使用されるものだと、条項とそれについてより細かく明記されるのでページ数も倍以上に増えます。

また、現状カナダの場合にはDocuSignなどのデジタル署名アプリをクロージングで使用する事は出来ません。カナダにはLand Title Agencyと言って、行政の土地所有者登録機関が存在します。そこへの書類は全て実筆でなくては認められませんので、弁護士若しくはNotary Publicでの署名をする必要があります。

最後に、日本においても契約書の効力は絶大だと思いますが、日本・カナダ・アメリカでそれぞれ不動産売買契約を経験して思うのは、北米だと日本以上に契約書が全てにおいて力を持つ絶対的な存在だということです。ですから、テナントやビジネスパートナーとの公式及び非公式な交渉の場において「Per Agreement (契約書通りに) 」という言葉が頻繁に出てきます。

だからこそ、全てを弁護士任せにするのではなくプロジェクトもしくは契約担当者が自身で細かいところまで目を通し、理解する必要があります。これは弁護士を信用する、信用しないの問題ではなく、自社のビジネスについて1番理解している人が契約書の内容を理解することで、その先の投資運用や不動産プロジェクトの成功とリスク回避へ直結するということを、この場でみなさまにお伝えしたいと思います。